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カレー本書評

【書籍紹介】唐辛子もターメリックもない2000年前のインド料理を作る。『チャラカの食卓』

インド料理といえばスパイス。インド料理に使われるスパイスといってまず想像されるのはターメリックと唐辛子ではないだろうか。しかし、かつてそれらのスパイスはインド料理にはなかった。歴史の動きの中でインド料理も変遷してきたのであり、今現在も変化し続けている。

食文化というのは人間の技術そのものであり、生きた証だ。ここに再現されている料理は食べてみたらあまり美味しくないようなものもあるかもしれない。しかし、いつの時代も人々は料理を少しでも美味しくしようと努力してきたはずである。


その中で2000年前から頑として変わらないものもあり、インド料理というものの壮大さと伝統の根深さを思い知ることになるのである。


どんな本か

  • 2000年前に書かれたアーユルヴェーダの医学書『チャラカサンヒター』をもとに、料理研究家香取薫さんと作家・インド料理研究家の伊藤武さんがタッグを組んで当時の料理の再現に挑戦した研究会の記録集。
  • 前提となる当時の歴史的背景の考察を通して作り上げたレシピ20とエッセイを掲載。
  • アーユルヴェーダの知識がなくても楽しめる。古代インドは酒大国だった、ターメリックも唐辛子も使われていなかった、など意外な事実が満載。


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チャラカサンヒターとは

チャラカ・サンヒター』(チャラカ本集)は2000年前に成立したとされるアーユルヴェーダの医学書である。その舞台はアフガニスタンやパキスタンも含めた西北インド。実用的な医学書としていまだに参照されることがあり、古典的なインドの医学は当時既に確立されていたという。チャラカというのは医者の名前であるが、実際には元々アグニベーシャがまとめたテキストを改変したのがチャラカということになる。あえて著者を1人あげるとしたらアグニベーシャということになり、『アグニベーシャ・タントラ』とも呼ばれる。

『チャラカの食卓』は『チャラカサンヒター』の一巻二十七章に登場する料理名を元に同時代の医学書や参考文献から推測し、復元するという研究会での試みをまとめたものである。実際チャラカサンヒターには料理名と効能しか記載されておらず料理に関する説明が全くない。ただ、11世紀のチャクラパーニダッタという人物の注釈があり、それがある程度参考になる。チャラカの時代より1000年後のことになるが、13世紀のムスリム支配までは大きく素材や技法を変える出来事はないとされているため。

推測や創作も大いに含まれるかもしれないが、2000年前のインド料理の再現として飲み物、ご飯もの、カレー、スナック、チャトニなど20種類の料理の解説とレシピが掲載されている。


インド料理の変遷

チャラカサンヒターの成立年代は諸説あるが、本著では『雑宝蔵経』の記載を根拠に西暦1~2世紀とする立場をとる。

この頃のインドはアレキサンダー大王侵攻(BC327)以降のため、地中海原産のクミン、コリアンダー、アジョワン、フェンネル、ニンジン、ダイコン、カラシ、キャベツなどが既に定着している。

今のインド料理と当時のインド料理は大きく異なる。長い時間の間に使われるようになったものと廃れてしまったものがあるため。


例えば、2000年前のインド料理ではターメリックも唐辛子も使用されていなかった。

ターメリックの原産地はインドネシアとインド両方の説があるが、香取さんはインドネシア説を支持。スパイス加工技術が発達し加工ができるようになったのは6世紀以降の中世の話であり、インドでは料理にはあまり使われなかった。収穫後煮沸し天日干しをしてからパウダーにするという技術が発明されてのち質や保管の面で流通しやすくなり一気に広まったとされる。

唐辛子が伝来したのはもっと最近、大航海時代の話である。1530年代にゴアにたどり着いたポルトガルの船乗りが持っていたものから栽培が始まり、インド中に瞬く間に広まっていった。しかし、実際にインド中で料理に普及するようになったのは18世紀後半のこと。ムガル帝国に対立していたマラータの戦士たちが唐辛子に執着して、戦力の拡大と共にインド中に唐辛子が氾濫するようになったらしい。

代わりに古代でよく使われていたスパイスはロングペッパーである。沖縄ではヒハツとかヒバーチなどと呼ばれ、沖縄そばにかけて食べたりするフサ状のスパイスである。コショウの仲間であり辛味や刺激があるが、ヨーロッパ人はかつてブラックペッパーとロングペッパーを混同していたらしい。

ロングペッパーは辛味や香りに奥行きを与えるスパイスとして使われていたが、他のスパイスの香りと喧嘩しがちなロングペッパーはだんだんと使われなくなってきた。今ではインドでは主に薬用に使われるものになり、料理でのスパイスとしてはあまり使われなくなってきている。


2000年前にインドで使われていた可能性の高いスパイス

  • ヒハツ
  • コショウ
  • 生姜
  • ヒング
  • ヒンマラヤセンブリ
  • マスタード
  • コリアンダー
  • クミン
  • フェンネル
  • アジョワン
  • カロンジ
  • ワサビノヒ
  • フユザンショウ 
  • フェヌグリーク


そのほか

  • アムリタと同一視されるソーマという飲み物は幻覚キノコを使っていた説が有力。飲んでみたい。
  • チャパティやプリなどのパン類は当時既に完成していた。
  • 意外にも昔のインドで酒は広く飲まれていたので当時は酢もある。バラモン的な浄不浄の概念によって表向けには淘汰されていったようだが、どぶろくなどの形で今も残っている。
  • サンバルの原型、ビンダルーの原型のような料理も登場する。インド料理は長年の変遷を経て今の形になっており、背景にはガンジスのように壮大な歴史が存在する。
  • かつて油は白いごま油が広く使われていたが、次第にマスタードオイルに取って代わられた。そのマスタードオイルもオリッサ、ベンガル、ビハール、ネパールなどの東部に一部残るだけになっている。
  • ネパール料理には当時の古い料理がほぼそのままの形で残っているものがあり、唐辛子や玉ねぎ、トマトなどを除いたらほぼチャラカの食卓らしい。モダンネパール、ネパール宮廷料理ってなんだろう。


購入について

書籍はかなり高騰しており、入手は難しい。図書館で借りることができる場合がある。



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