鶯谷のWhat’s upというライブハウスで火曜から土曜のランチタイムのみミールスを提供しているPositive Masala Attitude。生地が自然に発酵する時期はイドゥリワダなどのティファンもあるが、それ以外は基本的にタミル料理をベースにしたミールスやノンベジアイテムを売りにしている。
当初はイドゥリに釣られて食べに行ったのだがやたら話が盛り上がってしまい、店主の杉山さんから出店の経緯や料理についてさらに詳しく伺ってきた。
インド料理との出会い
荒川区町屋で生まれ育った杉山さんは当初ウェブデザイナーを志し、当時町屋に支店があった「インド料理ムンバイ」にウェブデザイナーとして入社。しかしその後半年ほどで東北大震災が発生し、キッチンスタッフのネパール人たちはみんな国に帰ってしまった。仕方がないので杉山さんは短期間だけキッチンを手伝うことになる。お店ではいわゆるインネパ系のメニュー構成が中心だったが、たまに南インド料理を提供していたことがそもそも南インド料理を知ったきっかけだ。
南インド料理を食べられるお店も少ない時代。暗中模索のなか、当時ケララの風IIや町屋のプージャーを手伝われていたinaさんと出会ったことは料理人生における大きな転換点だという。
その後inaさんは尾久駅付近に南インド料理店なんどりをオープン。地元が近いこともあり、杉山さんは客として通い詰めては再現を試み、南インド料理の基礎を習得していく。
やがて、長年バンド活動をしていた鶯谷のライブハウスWhat’s upにてフードケータリングを開始し、ランチ営業をスタート。
「長年コツコツと続けていくのが自分への投資になるし、これからも人を喜ばせるような料理を作っていきたい。」
ミールスはバンドのようなもの
この日いただいたミールスはナスとドラムスティックのサンバル、ペッパーラッサム、ハヤトウリのチェティナードコロンブにゴーヤのアチャール、パチャディ、人参のポリヤルという構成。
もったりとして濃いめのサンバルはふかふかに炊き上げられたポンニライスとよく合う。チェティナード風にポピーシードやココナッツが入ったコロンブもコッテリとしていてうまい。それに比べてペッパーラッサムは”ただの胡椒汁”とでも言いたいくらいあっさりとしていた。正直、コレだけ単体で食べてみても「?」という印象になってしまうだろう。
「ミールスはバンドのようなもの。良いバランスで曲を作り上げるためには全てのパートが強すぎてはいけない。全てのメンバーがやかましくて超絶技巧を聴かせたい奴らばっかりだったら音楽は成立しないんです。あえて力の抜けたものを配置して隙間を作ってあげるのが重要です」
今回のミールスにおいてはサンバルとコロンブが強目なので、あえて抜けた味の引き算のラッサムにしているのだという。
「極端な例を挙げると、以前りんごラッサムというのをやったことがあるんですが、その時は塩も入れなかったのでもはやりんご汁でしたね」
ミールスを作り上げる上でのアイテムの引き出しとバランス感覚を養ったのは、通い詰めた尾久なんどりのミールスと10年以上続けているバンド活動。杉山さんは2つのパンク・ハードコアバンドを掛け持ちし、今も頻繁にライブを実施している。
インド料理はパワフルで元気の出る食べ物
インド料理にこだわるのは、店名にある通りお客さんにポジティブになってほしいから。Positive Masala Attitudeというのは杉山さんの敬愛するハードコアバンドBad Brainsの精神性、P.M.A(Positive Mental Attitude)をモジったもの。
「スパイスを使うことで香りも楽しい、刺激も楽しい、味も楽しい。インド料理を食べて明るく元気になってほしい。」
その言葉の通り、ノンべジオプションのマトンはパンチの効いた相当パワフルなものだった。油が表面を覆っており塩分も強い。
「油も全部飲んでほしい(笑)。本当だったらもっと塩を入れた過激な味わいのやつが好きなんです。体調おかしくなるというと言い過ぎだけど、そのくらいの方がうまい。マトン自体が美味しいので、塩と油を過剰に入れてバランスをとり、しょっぱうまいやつを作りたい。元気になるじゃないですか」
優しくて繊細な味わいのミールスとは対照的な、力強さのあるノンベジはまさにハードコア。杉山さんの引き出しの幅広さを窺い知ることができる。
チリへのこだわりも強い。カルナータカ原産であり南インドで広く使われているByadagi chiliを静岡県の農家に育ててもらいサンバルパウダーのベースに使っている。Byadagi chiliはアーシーな香りがあり、赤い色が深く出るがそれほど辛くない。
「コレじゃないとダメなんです。Byadagiの香りをどうやって活かすかを中心にサンバルパウダーを組み立てています」
そんな杉山さんは底抜けに明るく、パワーを感じる。何がその原点なのだろうか。インド料理以外の好きな食べ物を聞いてみると、立ち食い蕎麦がソウルフードだという。
荒川区には製麺所が多く、製麺の傍ら立ち食い蕎麦を提供しているお店がある。荒川区における富士そばの出店は2019年であり、日暮里駅前の1店舗だけ。それほどまでに地元の蕎麦屋の勢いが強い。
その話を聞いて後日、日暮里の名店である一由そばを訪問してみた。24時間営業のはずなのに店内は地元の人たちでゴッタ返し、どんぶりを持って立ち食い蕎麦を啜る人が店から溢れている。もちろん蕎麦は安いのに熱々でうまい。パワフルに香り立ち、身体にエネルギーがチャージされる感覚。
この光景を見て、先日マドゥライで早朝訪れたティファン屋の熱気と重なるものを感じた。立ち食いそばはティファンだ。杉山さんのパワーの源の一端を、少しだけ掴めたような気がした。
店舗情報
営業時間:基本的に火曜から土曜のランチタイム11:30〜14:30ラストオーダー。
不定休などもあるため訪問前にはSNSを要確認。
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