東インド湾岸部に存在する「オディシャ州(オリッサ州)」をご存じだろうか。日本ではまだマイナーな存在だが、情熱を持ってオディシャの伝統料理を提供し続けているお店が2022年6月、名古屋にオープンした。
その名もPatsu Curry。店名自体はオディシャ料理とは関係ないのだが看板にはしっかりオリヤー文字が書かれており、わかる人にはわかるようになっている。
今回は初めてお店を訪問し、開店の経緯やオディシャ料理について詳しくお伺いすることができた。
出店の経緯
名古屋出身である店主Patsuさんのカレーキャリアは北インド料理や南インド料理からスタート。いつか店を持ちたいという思いは漠然とありながらも、なかなかきっかけが掴めずにいた。
ところが2019年のオディシャ現地訪問を契機にオディシャ料理に開眼。そこからオディシャ料理研究家として料理教室やケータリング活動を積極的に始め、コロナ禍の逆風の中で果敢にも実店舗営業を開始した。
「元々会社員だったのですが、もう少しで定年となる年齢でした。それを見据えた時、1〜2年くらい辞めるのが早くなってもどうせ大きくは変わらない。ならば体力のあるうちにやったほうがいいと思ったんです。コロナ禍もあり、特にカレー店なので物件探しは難航しましたが、たまたまいい物件が見つかってラッキーでした。」
Patsuさんは元々料理好きで、北インド、南インド、ネパール、スリランカなど多方面の料理を作ることができる。話し好きな性格もあり料理教室も頻繁に実施していた。いつか自分のお店をやりたいと思うものの、これだというものがなかなか見つからなかったという。
インド現地への滞在経験もなかったものの、2019年にインド滞在歴の長いオリッシーダンスの舞踏家と出会い、インドオディシャ州の師匠のもとを訪問する旅に同行することになる。
そのときに家庭や食堂、寺院で出会った、いままで見たこともないオディシャ料理たちに衝撃を受けたという。
オディシャ料理の基本は寺院の供物が発祥である。日本では全く知られていないが素材の味を生かした味付けは滋味深く、日本人の口にも合う。そして何よりも一番感銘を受けたのは派手にスパイスを使わないシンプルな構成。Patsuさんは「これをやるしかない!」と思った。
Patsuさんはインドから帰国後もオディシャ料理についての研究を続け、ディワリイベントの時には実際にオディシャの人に料理を食べてもらう機会を得た。その時は緊張したものの、「これはまさしくオリヤーランチだ」と言ってもらえたという。現地人に味を認められたことは今でも大きな自信になっているとPatsuさんは嬉しそうに語る。
そもそも、オディシャ料理とはなんだ
以前オディシャ料理研究をしていたときにまとめた記事がこちら。
オディシャ州はインドの東側に位置し、ジャールカンド州、西ベンガル州、チャッティースガル州、アンドラプラデーシュ州と接している。州都はブハネシュワール。
オディシャ料理はとても歴史が古く、ヒンドゥ四大聖地のうちの一つであるジャガンナート寺院など由緒正しいお寺がたくさんある。マスタードオイルやマスタードペースト、パンチャフタナ(パンチフォロンと同じ)などを多用しシーフードをよく使うためベンガル料理によく似ているという印象を持つかもしれない。
しかし実はオディシャ料理がベンガル料理に似ているのではなく、ベンガル料理がオディシャ料理に似ているというのが正しいようだ。コルカタが発展していく過程でシェフが必要となり、カーストの高い僧侶階級(ブラーミン)が多いオディシャの料理人たちがコルカタのキッチンに呼び寄せられたという歴史がある。
Patsuさんが現地で実際に食べた料理写真をいくつか見せていただいた。シンプルな野菜の炒め物のバジャや豆野菜煮込みのダールマ、水ご飯のポカロなど、全体的に茶色くて地味だが主食の米によくあう料理たちが多い。
寺院では素焼きの壺と焚き火を使うという伝統的な方法で調理されており、僧侶達が壺を振って材料をかき混ぜながらつくるという。写真も見せてもらったが、全部煮物みたいになりそうだ。
こちらが水ごはんのポカロで、お茶漬けの要領で食べられる。付け合わせも何種類か用意されている。ポカロは種類別には4種類あり、ただ水に浸したサジャポカロ(saja pakhala)、さらに一晩発酵させたバシポカロ(basi pakhala)、サジャポカロにヨーグルトを入れたダヒポカロ(dahi pakhala)、スパイスをテンパリングしてかけたチュンカポカロ(chunka pakhala)がある。(オディシャではスパイスのテンパリングタルカのことをチュンカと呼ぶ)
なぜオディシャ料理のお店はいままで日本にはなかったのだろうか?オディシャ州出身のシェフも日本にはそれなりにいるらしいのだが、オディシャ料理は地味すぎてレストラン料理として売れるという考え方がそもそもないという。多くのシェフは修行したコルカタやチェンナイのホテルで教わった料理を出す。オディシャに限らないが、あまり有名でない場所の出身シェフにとってはよくある話だ。
素朴だが滋味深い、シンプルなスパイス使いのオディシャ料理をいただく
実際にお店でオディシャ料理プレートをいただいてみた。「オディシャ州の菜食ターリーセット」が基本となり、そこにオプションで何品か追加する形となる。今回は秋鮭のマスタードカリーとマグロのアチャールも追加した。
とっても豪華で盛り盛りのプレート!
プレートの構成はこちら。
- 豆と野菜の煮込みダルマ(Dalma)
- 野菜のミルク煮込み キリサントゥーラ(khira santula)
- 青菜とじゃがいものスパイス炒めサゴ・アルー・バジャ(saga aloo bhaja)
- スパイシーなマッシュポテト アルーボルタ(aloo bharta)
- トマトのアチャール トマトカッタ(tomato khatta)
- ご飯:バスマティと日本米のミックス
- オプション:秋鮭のマスタードカレー マッチョベサラジョロ(maccha besara jholo)
- マグロのアチャール マッチョアチャール(macha achar)
豆と野菜の煮込みダルマ(Dalma)
ダールマは豆と野菜が溶け込み、酸味のないサンバルのようなまろやかな味。寺院のプラサード発祥の料理であり、もともとインドに存在しなかったトマト、唐辛子、じゃがいもなどの食材を使わない寺院スタイルと、トマトも使えるレストランや上流家庭で食べられているようなダールマの両方がある。トマトが入ると旨味がブーストして格段に食べやすくなる。
この時いただいたものはトマトとギーが効いており食べやすい。インド料理でたくさんの野菜をミックスして使うのは珍しいかもしれない。
野菜のミルク煮込み キリサントゥーラ(khira santula)
キリサントゥーラは野菜のミルク煮込みだがニンニクがガッツリ効いていて力強い味。スパイスもホールスパイスしか使っていないので、あまりインド料理っぽくなく、パスタにしても食べられそうなものだった。
青菜とじゃがいものスパイス炒めサゴ・アルー・バジャ(saga aloo bhaja)
サゴアルーバジャは本当にシンプルで素材の味を活かした炒め物である。オディシャ料理ではさまざまな青菜の炒めものが登場するが、あまりパウダースパイスを使っていない。
スパイシーなマッシュポテト アルーボルタ(aloo bharta)
ベンガル料理などでもよく登場するじゃがいもを茹でて潰してマッシュした料理。マスタードオイルを効かせたり、玉ねぎや青唐辛子、スパイスを混ぜたバリエーションもあるがこれは穏やかめな仕上がり。
オプション:秋鮭のマスタードカレー マッチョベサラジョロ(maccha besara jholo)
沿岸部のオディシャでは魚もよく食べられている。こちらは自家製のマスタードペーストを使用して作った秋鮭のカレー。マスタードシードから作ったペーストは使い方や量を誤るとえぐみや苦味が出過ぎてしまうが、乳製品との相乗効果でまろやかに仕上がっていたのはさすが。ご飯がとても進む味。
マトンキーマカレー
マトンキーマカレーも追加で少しいただいたのだが、青唐辛子が香りを出す目的で大量に使われているナイスな油浮きのカレーだった。青唐辛子は切っていないので辛味はそこまで出ていない。パンチが強く、これも米を食わせるカレーだと思った。
プレートの全貌を再掲。ご飯も野菜ももりもり食べられるので、是非とも訪問して体験してほしい。
オディシャへの愛が止まらない!
たまに遠方からくるお客さんもいるが、基本的には近隣のリピーター客がメインだと語るPatsuさん。
メイン客層である地元の日本人客にも来てほしいが、インドから来たオディシャの人がお店に寄ってくれた際には故郷を感じて落ち着くようなお店にしたい。そんなオディシャへの愛と願いが込められ、壁や看板はオディシャのイメージカラーである赤土の色になっている。
ゆるキャラのように親しみをもてる顔のジャガンナート三兄弟の像も店内には飾ってあり、毎日掃除も欠かさない。
Patsuさんのオディシャ愛はまだまだ止まらない。オディシャには古くから続くラタヤートラ(ラタジャトラ)というお祭りがある。毎年6月から7月頃に開催され、ジャガンナート神を祀った巨大な山車を引いて街中を練り歩くもの。インドでも最大級のお祭りで100万人を超える人手があり、盛大に祝われる。
京都の祇園祭のルーツではないかとも言われているのだが、インド人の多く住む川崎でも毎年開催されている。その祭りを近いうちに名古屋周辺でも主催できないかという計画が進行中だと言う。
そうした地道な活動の果て、オディシャ料理がインド料理マニアの枠を飛び越えて日本の中へどんどん浸透していくのかもしれない。そんな未来がとても楽しみだ。
お店の情報
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