近年、「カレー」を入り口としつつもさらに奥深い、インド料理の細分化された情報が徐々に普及してきているように思える。
北インド家庭料理のレシピ情報はレヌ・アロラさんの著作を始めとして古くからあり、10年ちょっと前の『誰も知らないインド料理』を始めとした南インド料理のレシピ本は名著と言える。
コロナ禍に突入してから家庭でスパイスカレー作りが流行ったことや時間のあるお店も多かったことから、内容の濃いレシピ本が大量に発刊された。
「インド料理」という漠然としたものではなくもう少しフォーカスを絞った情報の需要と供給が生まれてきたということだろうか。
『ダルバートとネパール料理』『ベンガル料理はおいしい』など専門書が出版され、今度はついに西インド料理についての本も出てしまった。
その名も『西インド料理はおもしろい』。これは『ベンガル料理はおいしい』のオマージュとしてのタイトルの名付けなのだろうか?
本書にはラージャスターン州、グジャラート州、マハラシュトラ州、ゴア州の西インド4州の料理レシピが100種類ほど、詳細に載っている。
西インドは貴重な遺跡も多く、インダス文明に遡れるほど歴史が古い。地理的にもラジャスターンの砂漠地帯もあれば、モンスーンで洪水になるほど水量豊かな土地もある。高原も海岸もあるため、バラエティに富んだ気候がある。また、中央アジアからやってきたムガル勢力やゴアを始めとした西洋人の文化の影響が色濃く食文化に反映されている。
インド料理の面白さは重層性と多様性だと思っている。同じ土地でも民族や宗教の違いで違う料理が食べ分けられていたり、混じり合って新たなものに生まれ変わっていたり。地理的な制約や歴史的な背景からレシピの理由が解明されたときには、パズルが解けたような快感すらある。
西インド4州7料理の特徴と代表的な料理例
料理体系の区分は多くあるが、本書で紹介されている4州7料理の分け方に沿って、それぞれの特徴と代表的な料理について紹介したい。
食べ物は地理や歴史的背景によって変わってくるため、州の分け方とその料理の分布は必ずしも一致しない。
ラジャスタン料理
ラジャスタンは砂漠地帯であり、水が貴重なためミルクやギーなどで調理され、乾燥野菜が日常的に使われている。戦場となることも多く、歴史的には日持ちせずに加熱せずに食べることができる食品が好まれてきた。
もともとバラモンやジャイナ教徒などの菜食主義者が多く約75%はベジタリアン(2014年調査)だが、王族を束ねるラージプートの狩猟やムガル帝国の影響で肉食の文化も根付いている。
ラジャスタンの主な料理
ダルバッティチュルマ、コバロティ、ラアルマアスなど
・指で模様をつけたパン、コバロティも食べられている。
ムガル料理
バーブルが建国したイスラム王朝ムガル帝国。ムガル帝国の宮廷料理のベースには中央アジアの国々の伝統も受け継がれている。
狩猟の際にとれたジビエを使った料理も多数。
ムガル料理
ハリーム、モハンマアス、パンチメルキダルなど
・モハンマアス:白胡椒が効いた肉のカレー
・5種類のダルを使ったパンチメル・ダル(Panchmel Dal)は宮廷の特別な料理らしい。
グジャラティ料理
ジャイナ教の影響が強くベジタリアンが多い。典型的には甘みと酸味の効いた料理が多い。
ファルサンやナスタと呼ばれるスナックを食べる食文化もある。
グジャラートの主な料理
カンドヴィ、ドクラ、テプラ、シャーク、カディ
・カンドヴィ(kandvi)はひよこ豆の粉(besan)とヨーグルトで主に構成されているスナック。
・ドクラ(Dhokla)はひよこ豆の粉を発酵させてつくるスポンジケーキ。
パールシー料理
インドに移住したゾロアスター教徒。フレディー・マーキュリーもパールシー。グジャラートでインド料理と融合して生まれた料理がたくさんある。
パールシーの主な料理
ダンサク、サリムルギ、アクリなど
・ダンサクは豆と野菜と肉を溶かし込んだものでブラウンライスと一緒に食べられる。
・サリムルギはなぜかフライドポテトが乗ったチキンカレー。
マラティ料理
マハラシュトラ州を中心にマラティ語を話す人々の料理。北インドと南インドの中間のような郷土料理があったりする。主食としてはお米も小麦粉も雑穀も食べられ、肉も野菜もバランス良く食べられる。
マラティの主な料理
バレルバンギ、バタタワダ、パンドララッサ、タンブララッサ、タリピートなど
コラプールでは白いカレーと赤いカレーをセットで食べるのが通例。
ムンバイ料理
大都会ムンバイでビジネスマン向けに独自に発展した屋台料理や地元で取れる魚を使ったカレーなど
ムンバイの主な料理
ボンベイサンド、パウバジ、サブダナワダ、カティロール、マッチサラン、スッカ
コンカニ料理
マハラシュトラ、ゴア、カルナータカの海岸線に広がるコンカン地方の郷土料理。魚介類がふんだんに使われている。
コンカニの主な料理
ティスリンチィカルバン、バリバジ、ジーラペッパーカディなど
貝のカレーティスリンチカルバン(Tisryanche Kalvan)
ジーラペッパーカディ(jeer-mjrya kadi)はココナッツの入ったストイックなラッサム的な謎の汁。
西インド料理についてもっと知りたい方はこちら
以上、簡単に料理をつまんでみたけれど西インドとひとくちで語れないほどの多様性が広がっている。
知れば知るほど、西インド料理はおもしろい。ちなみに以前、マハラシュトラ料理を研究していたときに「プリヤマハル東京」に答えていただいたインタビューがこちら。
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