カレーをもっとうまく作れるようになりたい。スパイスからカレーを作るようになると、誰もがぶち当たる壁ではないだろうか。
その願いを叶える一つの助けになるのが、調理科学の知識だと思う。この本はその名の通りスパイスを科学的に扱い、活用するための知識が満載された良書である。スパイスの4つの働き、すなわち辛味付け、臭み消し、香り付け、色味付けそれぞれについてカテゴリ分けし、単体のスパイスを一つずつとりあげその特徴や精油成分などを解説している。
30年前に出版されたなかなか古い本なのだが、(自分の生まれる前だとは。。)著者は化学を専門とし、ライオン(株)でスパイスや香料の研究をされていたバリバリの理系。かといって研究所に閉じこもるのではなくホテルの厨房に出入りして料理人のスパイス使いを間近で見てきた実践派である。
どんな本か:スパイスの活用方法を調理科学の視点で解説する!
本書はまず、スパイスにまつわるよくある誤解や偏見を解くところからスタートする。それは例えば、こんなものだ。
- スパイス=香辛料なのか
- スパイスは刺激の強いもの、辛いもの、癖の強いものである
- 「ハーブ」という言葉の解釈が都合の良いものにされている
- スパイスは日本人の嗜好には合わない
最初の章でそれぞれの誤解を晴らしていくのだが、本書によるとスパイスの定義とは
「主として熱帯、亜熱帯、温帯地域に産する植物の種子、果実、花らい、柱頭、葉茎、木皮、根塊などから得られるもののなかで、刺激性の香味を持ち、飲食物を風味づけたり、着色したり、食欲を増進させたり、消化吸収の働きのあるものをスパイスと総称する」
というものである。なかなかややこしいが、調味料としての機能を持つ植物全般をスパイスと呼ぶ。だが、ここで注意を示されているのは、スパイスを刺激のあるものや辛いものに限定する必要はないということ。筆者はミョウガやヨモギ、ダイコンやネギなどもスパイスの仲間に数え入れている。
本書の出版から30年経ち、その間激辛ブームやパクチーブームなどもあり、最近の自粛生活の中で新たにスパイス料理を始めてみたという声も多数聞いている。読み物としても面白いのだが関心のある項目をパラパラ眺めたり、辞書的に手元に置いてあるだけでも結構脈に立つ本だと思う。
例えば「辛いスパイスを使い分けるコツ」という章がある。辛みを呈するスパイスはいくつかしかないのだが、レッドペッパー、ブラックペッパー、サンショウ、ショウガ、タデ、オニオン、ガーリック、マスタード、ホースラディッシュ、ダイコンなど辛みを持つスパイスを分類し、それぞれの辛み成分が熱によって変化するものか、併せ持つ効果は何なのかということを解説している。
これを読むと、マスタードオイルを最初に煙が出るまで加熱すると辛味が飛ぶ理由とか、逆にネパール料理のサデコやベンガル料理のボッタなどはなぜ仕上げにマスタードオイルを入れるのかとか、ラーメンにはコショウを入れるがなぜ蕎麦には一味唐辛子を使うのか、ということに合理的な説明がついてとてもすっきりする。
他にもオイゲノールを共通成分として持つナツメグ、クローブ、シナモンとオールスパイスを同時に使うと似た香りでマスキングされて単体で使うよりも嗜好性が高まる、などおばあちゃんの知恵袋的な役に立つ情報が満載で、一気に通読してしまった。
感想
ガラムマサラの項など一部情報が間違っている箇所もあるが、すぐにでも毎日のカレー作りに応用できそう。
調理科学って「これこれの成分が含まれているからおいしい」とか説明できてすっきりした気分になるし、応用すると「ナツメグは肉だけではなく卵や牛乳とも相性が良い」というような、一旦要因まで遡って新しい組み合わせを試すヒントになったりと、色々と役に立つ。
ただ、おいしさを全部そこに還元してしまうのは理論派の陥りがちな罠で、気をつけなければいけないと思う。そこには「カレーの科学」があっても「カレーの哲学」がない。(なんかエラそうだな。。)
続編に『スパイスのサイエンスPart2』、『スパイスの科学』がある。全部買ったので、暇があったらレビューしてみたい。
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