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カレー本書評

『ベンガル料理はおいしい』の向こう側を見たい

ベンガル料理はおいしい』をとっかかりとしてベンガル料理をしばらく深掘ってみる、と決めたものの何から手をつけるべきかがわからないので、ブレストとしてとにかく手を動かしてみることにした。

まずはわかっているファクトの整理をし、どういう点を深堀していきたいかを列挙してみることにした。


 



そもそも、この本の成り立ちは

タブラ奏者・ユザーンが語る「ベンガル料理」の魅力:書籍『ベンガル料理はおいしい』
本場の味を知る2人がつくった、異色のレシピ本が完成!文・橋本修 写真・鈴木竜一朗 編集・横山芙美(GQ)

石濱さんのレシピ集がどうしても欲しかったので、自分で作った。

ユザーン

この本の成り立ちについては本書やWEB記事の中で複数語られている。

タブラ奏者、ユザーンさんが毎年のように長く滞在していたインドにたまたま行けない年があり、ベンガル料理が恋しくなったので現地で習ったレシピを元に自分で作ろうと試みるも何か違う。



そこでベンガル人にもベンガル料理を振舞うほどの実力者、シタール奏者の石濱さんにレシピを聞いて作ったところ、『パンチフォロン(入れすぎないぐらい)・ヨーグルト(結構多め)」とかざっくりした指示ながらも、ちゃんと美味しくなったという。

しかしやりとりを繰り返すうちに「いちいちメールで聞くのも手数かけるし、正直返事を待つのもめんどくさいから、そして何よりも自分自身がまとまったレシピ本が欲しいから」ということになり、この本を作ったという。


本としての装丁はしっかりしているし、現地で使われている材料は日本で手に入りやすい食材に置き換えるなど、使いやすさにはかなり配慮されている(ベンガルでは川魚を毎日のように食べるが、魚料理は手に入りやすいアジやサーモン、サバなどに変えられている。パニールは厚揚げで代用)。成り立ちとしては私的なものだが、内容はかなり公的にも使えるレベルに充実していると言える。

実際に作ってみた料理

ここ何日かかけて、レシピにできる限り忠実に従いつつ、誌上のいくつかの料理を実際に作ってみた。以下に列挙してみる。

・レンズ豆のスープ(Masoor Dal)
ダルは心のふるさとですね。

・大根とムング豆のスープ(Mulo Diye Moong Dal)
ムングを乾煎りしてから大根と煮込む、というシンプルながらも味わい深いスープ。乾煎りすることで香りが増すのである。

・米ナスのマスタードオイル焼き(Begun Bhaja)
ベンガルを代表する料理。とにかく芋とナスがみんな大好きだ。

・ほうれん草の炒め物(Palong Shakar Bhaja)
ほうれん草は細か目に切って、ちょっと柔らかめに炒めることでしっとりとした味わいになる。

・キャベツのゴント(Badakophir Ghonto)
スパイスを水に溶いてペーストを作って野菜を炒め煮する。キャベツのせいか、なんだかピリ辛の麺なし焼きそばのような味になった。




・カボチャのチョカ(Kumror Chokka)
本当は皮付きのひよこ豆を使うところをチャナダル(挽き割り)を使ってしまったのでちょっと違うのだが、ホクホク×ホクホクの組み合わせがいいですね。




・ナスのマスタード煮(Shorshe Begun)
素揚げしたナスをマスタードのペーストで煮る。ズッキーニも一緒に入れてみたが、なかなか悪くなかった。



・しらすと野菜の碗チョッチョリ(Choto Macher Bati Chorchori)
電子レンジで手軽に食べられるお惣菜という感じで、常備菜としてもかなり良さそうなチョッチョリは、著者の石濱さんが一番好きな料理だという。日本で流行ったらどうしよう、という話があったけど流行らないだろうな。高円寺のかりい食堂さんがメニューに加えていたが、美味しかった。

・アジのボッタ(Horse Mackerel Bhorta)

なめろうのようでご飯がすすむ。アジを揚げ焼きして、青唐辛子、玉ねぎ、ニンニクなどと混ぜつつ、手でマッシュする。ボッタ系のレシピはこの本には一つしか載っていないのだが、やはり家庭で作るのはめんどくさいのだろうか。小骨が取りきれず、デンジャラスな仕上がりに。


・ブリのカリア(Yellowtail Kalia)
カシューナッツペーストをベースにした魚のカレー。アラを使ったのだが、濃厚なグレイビーに魚の出汁がよく染み出して、ご飯が進む味になる。


・チキンのジョル(Murgir Jhol)
ジョルは「水」という意味らしい。汁気の多いカレーがジョル。砂糖と塩で、肉じゃがのような重ったるい仕上がりになる。じゃがいもが旨みを吸っておいしい。

・マトンのコシャ(Kosha Mangsho)
マリネした骨付きマトンを炒めてドライに仕上げる。「コシャ」は「水分を飛ばしながらしっかり炒めること」という解説がある。使っている材料がほぼ似通っているので味の系統的にはチキンのジョルと同じような味になるが、ドライに仕上げると羊の油がどんどん溜まってきて、結構重たい感じになる。




・しし唐辛子のチキンカレー(Kancha Lanka Diye Murgi)
青唐辛子とししとう、パクチーでペーストを作り、とり肉を一晩マリネ。ドライに仕上げるのだが、あえて胸肉を使うことでホロホロになりいい感じになる。

青唐辛子を30本くらい使ったのだが、辛すぎず程よい旨みが加えられた。レシピ上はペーストの三分の一を残しておき仕上げに加えるのだが、そもそもの量が足りなかったのでししとうとパクチーを充分に入手したのちリベンジしたい。炒めすぎると鮮やかな緑と香りが失われてしまうので、仕上げにペーストを加えたらあまり加熱しないほうがよさそうだ。



・バスマティライス(Basmati Rice)
湯取りで、お湯から引き上げて少し蒸らす。特に変わったところはなし。


デザートなども含めて35のレシピが載っているので、そのうちの14種類を作ったことになる。実はまだ半分も作れていなかったという事実に、今ショックを受けた。残りの料理はGWを利用して、ひとまず一通り作ってみる。鯉の頭は手に入らなさそうなので何かで代用することになりそうだが。

いくつか作ってみて思ったこと。

・方向性として、基本的に甘くてしょっぱい、味は濃いめ。ほとんどの料理に砂糖が入るので味がしっかり感じられる。特に煮物などは和食にも似た、表面がコーティングされた状態になり、米がものすごく進む。米、魚、砂糖、油。和食との共通点もありそう。


・マスタードオイルの使用量がとにかくすごい。この前買ったばかりなのにすごいペースでなくなっていく。オイルに限らず、マスタードシードをブラウン、イエロー共にペーストにしてよく使う。


・肉料理は基本的にマリネし、それを炒めて仕上げるやり方。


・魚はターメリックと塩を塗り込み、揚げ焼きしてからカレーにするやり方。


・青唐辛子を頻繁に使う。特にペーストを作る際はおまじないのように青唐辛子を入れたりしているが、これは何故なのか。 

この辺も踏まえつつ、自分は一体どの辺をディグって行きたいのかを整理していく。

 

自分の問題意識

実際にこの本やYouTubeなどを参考にベンガル料理をいくつか作ってみて、またコルカタやバングラデシュに行った経験、見聞きし読んだものなどから思いついた点を羅列してみる。いわば自分のディグってみたい点はどこにあるのか、ということだ。その答えを探っていくうちに、複数の点が絡み合って面として立ち上がってくるのかもしれない。

この問題意識は、決して「美味しくベンガル料理を作るため」のものではない。知りたいと思ったことを並べただけで、むしろ知らない方が料理自体は美味しく作れる可能性もある。カエルのようにジョークを解剖したら、カエルもジョークも死んでしまうかもしれない。


ベンガル料理にまつわる問いのアイデア(思いつく限り適当に羅列)

  • ペーストを作るときにおまじないのように青唐辛子を入れるのは何故なのか?問題


  • 青唐辛子が多用されているが、何故青唐辛子はおいしいんだろうか。問題
  • 自分の見たコルカタの家庭では砂糖を大量に入れていたが、バングラデシュでは全く入れていなかった。東西ベンガルでの違いはどのくらいあるのか、またベンガル料理というときの射程はどこまでなのだろうか?(例えばオディシャ州の料理とかは?)問題

  • 同じベンガル地方でも、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒で大きく分かれている。これは東西ベンガルの違いの問題にも影響するはずだが、具体的に食生活はどのくらい違うのだろうか。問題

  • 肉のマリネにおろし玉ねぎをよく使っているが、みじん切りでは代用できないのか?問題

  • ベンガル料理は混ぜて食べない。例えばシュクトを最初に食べるなど、なんとなく食べる順番が決まっているが、合理的な理由があるのか?また、バングラデシュと西ベンガルでは食べる順番が違っていた。これは何故なのか?問題


  • ベンガル料理は白米が進むが、日本米とも相性がいい。一番ベンガル料理に合う米は果たしてバシュモティなのか?問題


  • ガラムマサラについて。ベンガルのガラムマサラはとてもシンプルな構成のレシピ だったが、そもそもガラムマサラを使う方が良いのだろうか?問題


  • ポピーシードをうまくペーストにするにはどうすればいいか?問題


  • パンチフォロンについて。パンチフォロンの構成のバリエーション、微妙に存在感の薄いパンチフォロンは本当にベンガルを代表するスパイスと言えるのか?問題
  • カロンジっていったいなんなのか?問題


  • みんな大好きマスタードについて深掘り。マスタードオイルの特性、扱い方、健康に悪いという話があったけど大量摂取して大丈夫なのか?問題


  • 全体的にターメリックの量が多すぎ問題。あえて土臭くするとベンガルっぽいんだけど、何故こんなに多いのだろうか。日本のカレーはターメリックが多いらしいが、本当なのか。問題


  • 魚について。バングラデシュではメグナ川から獲れるイリッシュやルイなど、いろいろな川魚を食べていたが日本のもので代用するならやはり青魚なんだろうか?問題


  • ボッタ、ブナ、バジ、ジョル、など料理名で料理の方法が大体わかるようなものが多くあるが、他にどんなものがあるのだろうか??問題






…などなど、つらつらと書いてみたが考えれば考えるほど机上のリサーチだけでは解決不可能、そもそも問い自体が的外れなものも幾分混ざっている気がする。

「ベンガル料理」って外野が勝手に呼んでいるだけで「ベンガル料理」なんていう明確な定義は存在しないんだと思うし、ユザーンさん自身も言っている。自分の食べた記憶にある家庭料理を総称してなんとなくボヤッと「ベンガル料理」と呼んでいるにすぎないという。
これは「カレー」を巡る状況もそうで、「カレー」という言葉は曖昧で多義的で便利だからついつい使ってしまっているけど、おそらく「カレー」なんてものはどこにも存在しない。

自分の周りでは、「カレー」の定義を曖昧にしたままざっくりと括られることでそれぞれのカレーの「正義」が衝突し、不幸になってしまう例がいくつか見られる。

自分はカレーのことなんて何も知らないし、正解も正義も求めていない。ただ事実と解釈をもって、ベンガルの人が何を考えているのかを少しでも知れたらいいな、と思う。

 

 

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カレーの哲学.com

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