『12万円で世界を歩く』(下川裕治)

 毎回12万円の予算内で旅をする、という企画

よくAmazonの中古書店を漁っては、「ジャケ買い」ならぬ「表紙買い」をしたりする。この本は100円だったのだけれど、送料の方が結局高くつくと言う不思議な世界だ。自由に旅をできない世の中になってしまったので、本を読んではいつか実現させたい旅に思いを馳せる。
 

この本は、1988年にスタートした『週刊朝日」の連載企画なのだが、12万円という決められた予算内で世界のあちこちに旅に出て、その貧乏旅行の様子を金額などの詳細な内訳つきでルポしている。ソ連やベルリンの壁が崩壊する前の世界観がそのまま描かれていてかなり興味深い。



アメリカ大陸、1万2200キロバスの旅

金額的な制限のため飛行機代だけでほぼ路銀はなくなり、毎度毎度かなりの貧乏旅になる。一番過酷だったエピソードはアメリカの旅だ。東京とロサンゼルスの往復チケットが82,000円、15日間バスに乗り放題のアメリパスが21,500円と、交通費だけで10万3500円を使ってしまっている。つまり残金は1万6500円となり、一日換算では1000円も使えない。

物価の安い東南アジアならまだしも、アメリカでこの金額では何もできない。ということで反則だがこの旅では食糧を持参し、せっかく旅をしているというのに毎日の食事は日本で買ったチキンラーメンとシーチキンの缶詰、あとは飴玉という始末。寝床はもちろん夜行バスの中であり、途中休憩所に止まるとお湯を10セントくらいで買ってラーメンを食べる。企画とはいえ、これぞ人生の無駄遣いである

しかし、1ドルをケチる地を這うアリのような旅だからこそ見えてくるものがあるのだろか。発展したアメリカの豊かさが取り残してきた暗部は、同じ目線で旅をしてみないと見えてこないのかもしれない。


北京発ベルリン行き列車、28日間世界一周

金額制限を抜きにすれば、一番印象的なエピソードは「北京発ベルリン行き列車、28日間世界一周」。ベルリン到着以前と以後で空気感がガラリと変わり、当時の東西陣営の差が浮き彫りとなっていて面白い。

神戸から上海まで船で渡り、北京を出てモンゴルを通過しシベリアを目指す。そこでベルリン行きに乗り換え、“東ドイツ”に到着する列車だ。これはさすがに12万円の予算ではないのだが、宿をとる金はないので二週間列車に乗りっぱなし。風呂には入れないけど、トイレから垂れ流しの小便が凍るほどの寒さなので問題ない。

北京から出発した列車は氷点下の風が吹き抜けるモンゴル平原を駆ける。サインシャンド、ウランバートル、ダルハン。

モンゴルを抜けると「ソ連」に入る。北京から六日間列車に乗りっぱなしでようやくモスクワにつき、モスクワでベルリン行きにさらに乗り換える。ヨーロッパの入り口であるポーランドまでは中国とソ連という、二大社会主義国家である。当時はまだ世界が東西に分かれており、漂う空気も全く異なっていたらしい。

例えば、東側国家に住む人にとってベルリンは「憧れの街」なのだが、彼らにとってベルリンは東と西に分かれているものではない。だがそれは西側の用語で言う「東ベルリン」なのである。

筆者はベルリンで西側への扉を開けた瞬間に「自由に目がくらんだ」という。そこからさらにオランダ・アムステルダムに国際列車で移動し、ハシシュが自由に吸えるコーヒーショップ、”飾り窓”地区…。

何だか頭が痛くなってきた。底なしの自由に今にも熱を出しそうになる。





お金を使わない豊さとノスタルジイ

目的なんかなくてもいいんだけど、何らかの制限があると旅は一気に趣のあるものになってくる。なぜか、学生時代の貧乏旅の思い出というのは、今も自分の中で忘れられないものとなっている。金があれば簡単に片付けられる問題を、時間をかけることや工夫で解決しなければいけない。ヒッチハイクだったり、安宿に泊まるために一生懸命交渉したり。

12万円の予算でいまだったらどこまで行けるだろう、と考えたところで、今の世界の状況ではどこにも行けないということを思い出した。

30数年前と比べ、LCCとネットの発達は著しい。12万円もあれば結構いいところまで行けるんじゃないだろうか。

情報の溢れる時代、寝そべりながらも手のひらで世界旅行ができる時代、だからこそ行って自分の目で確かめたい。旅はガイドブックの答え合わせじゃない。

しかし、いつになることやら。また自由に旅行ができる時代が来たら、いの一番に飛び出したいな。



続編のリターンズも読んでみたい。

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